〔55〕Sing and Run

久しぶりに来る高田馬場は、大学1年生と見られる若者たちがいっぱいいた。

藍はスキップしそうに駅の反対側、さかえ通りを歩いた。

神田川までくると、懐かしく思った。

ついこの間見た景色だけれど。

ここ1ヶ月半くらいの間に、いろんなことがあった。

コンテストでの最優秀ボーカリスト賞。
「藍気流」の解散。
記理子とのこと。
陽一郎とのこと。
そして詩夫とのこと。…

今日はその詩夫が藍のためにつくってくれたギターと初めて会うのだ。

待ち合わせはESPの2号館だった。

ギター作りを学んでいる人たちが午前中のクラスを終え、続々ビルから出てきた。
生徒たちが降りてくる階段を、藍は上っていった。

教室の扉を開けると、藍は小さく「えっ」と叫んだ。

作業台が移動してあった。

真ん中にステージのように、小さなアンプと椅子とマイクがセッティングしてあった。

画像


それを囲むように椅子が5つばかり置いてある。

部屋の隅に5人の友達が固まっていた。

背の高いゲタ顔の男の子、キツネ顔の子、丸いメガネの森のクマさんみたいな子の3人。
その後ろにどうやら詩夫が隠れているらしかった。
「ただいまから、野原藍さんの初ライブを行います。
藍さん、どうぞ前へ」

藍は笑いながら椅子の前に立った。

3人の後ろに隠れていた詩夫が藍色のギターをもって現れた。

そのギターはまさに遠い国の海のような藍色だった。

藍の顔が輝いた。
「どうぞ」

いえい、という掛け声とともに男の子たちが拍手した。

藍はありがとう、と言って椅子に座り、ギターを抱いた。

ストロークしてみる。

しゃらん、といい音がした。
チューニングもできていた。
「アンプにつないでもまた違ういい音になるから」

そう言いながら、詩夫はさっさとシールドをつなぐ。

しゃらーん、とまた電気の加わった濃い音がした。

「どう?」

詩夫は自信ありげに聞いた。

藍はちょっと眉をひそめてみせた。
「よくない?」

詩夫は一瞬焦った。

藍はにっこり笑った。

「最高過ぎて言葉が出ない」
「あー。もう、びっくりするじゃないかよ」

みんなが笑った。

そこへ教師の長谷川もやってきた。
「野原藍さんですか」
「はい」
「水野くんはほんとにがんばりましたよ。
このギターは彼の最高傑作です」

立ち上がろうとする藍を、長谷川は制した。

「そのまま、そのまま。
演奏、聴かせてください」

観客たちが席に着いた。

拍手が起こった。
「じゃ、新曲を歌います」

藍の言葉に詩夫の小さな目が見開いた。

「Call my name」

小さくタイトルを告げて、藍は歌い始めた。

Call my name ぼくの名前を
Call my name どうか呼んでよ
人は皆ひとり さまようなかで
出会えたこと それが奇跡だから

Call my name 君の名前を
Call my name ぼくは呼んでた
ただ確かめたい 生きてることを
それは君と過ごす 一瞬だから

春は舞う桜の花びらはみ
夏はふり注ぐ日浴び
秋は黄昏に永遠を問い
冬は降り積もる雪 白く白くすべて覆う

Call my name 
ぼくの名前を
Call my name
君は知ってた
音など聴こえず 言葉もなく
それでも今ふたり 呼び合えた

Call my name
Call my name
Call my name

歌いながら、藍の心のなかをいろんな顔がよぎった。

いろんな名前がよぎった。

演奏が終わると「ありがとうございました」と、藍は頭を下げた。

一瞬、間があった。

誰かがため息をついた。
拍手が起こった。

詩夫は何度もうなずいて、言葉も出ないようだった。

藍は静かに立ち上がって、もう一度お辞儀をした。

自然ともう一度声が出た。
「ありがとう」 

もう一度、しげしげとギターを眺めた。

「大きい字で名前とか入ってないのね」

そう言って笑うと、詩夫が後ろ後ろ、とギターを裏返すようなしぐさをした。

名前はなかった。

でも小さく焼印のように言葉が刻まれていた。 

「Sing and Run」

藍とrun。

走るという意味の単語をひっかけていた。

藍はもう一つ気づいた。

Sing。
それは「詩夫」のうた、だと。

微笑む藍に、詩夫は照れくさそうに解説した。

「ずっと歌ってほしいんだよ。ずっとマラソンで走るみたいにさ」

今度は藍が何度もうなずいた。

「洋服以外はセンスいいよね」

その言葉に、みんなが笑った。

詩夫のオーバーオールの前当ては、飛び跳ねた藍色のラッカーとニスでもうてかてかだった。 



※映画『音楽人』挿入歌MAY'S『永遠』が、12月30日よりレコチョクに着うた(R)・着うたフル(R)が配信となり、 
http://recochoku.jp/mays
1月13日に発売され、オリコンデイリー3位、ウィークリー4位となった
MAY'Sの2ndアルバム『Amazing』に収録されています。

映画『音楽人』本編映像の佐野和真さんと桐谷美玲さんのダイジェストシーン45秒版を公開開始しました。



http://www.youtube.com/watch?v=_ywWEAqm5nM


※映画化を記念して、12月8日より再連載を開始しました。

※フォトブログ小説『音楽人1988』 目次
〔1〕藍気流、歌う
〔2〕見守ってくれる恋人
〔3〕二人の出会い
〔4〕いつもと違う記理子
〔5〕結果発表始まる
〔6〕意外な受賞
〔7〕これからのこと
〔8〕祝う人々
〔9〕黒い涙
〔10〕隠されていた分かれ道
〔11〕2匹のパンダ
〔12〕中野のカフェバーで
〔13〕プロの意味。オトナの意味。
〔14〕記理子の背中
〔15〕真っ赤なアルファ・ロメオ
〔16〕決意
〔17〕ミスター・ジョー
〔18〕息ができない!
〔19〕記理子の誘い
〔20〕嵐の夜
〔21〕ありえない夜
〔22〕5万円のテレフォンカード
〔23〕「異常のない」異常
〔24〕詩夫のアパート
〔25〕陽一郎の頼み
〔26〕盲目の美少女
〔27〕桜の花びら舞う下で
〔28〕藍色のギターを
〔29〕ハートのイヤリング
〔30〕古いセーター
〔31〕記理子の告白
〔32〕ハカラング
〔33〕二つの待ち合わせ
〔34〕詩夫のいる場所
〔35〕詩夫の婚約者
〔36〕追いかけてきたオーバーオール
〔37〕ウェディング・ドレス
〔38〕アーティストの条件
〔39〕同じ煙草
〔40〕たった一つの居場所
〔41〕伝えたい歌
〔42〕THEギョーカイの人々
〔43〕幸枝の願い
〔44〕恋に似た思い
〔45〕窓
〔46〕傘の向こうに
〔47〕「Call my name」
〔48〕スキャンダル
〔49〕詩夫の言葉
〔50〕最後のチャンス
〔51〕コンクリートの上で
〔52〕したことのないキス
〔53〕つないだ手と手
〔54〕取り戻せた友情
〔55〕Sing and Run
〔56〕降ってきたデビュー
〔57〕各務家のリビングで
〔58〕昔話
〔59〕再会
〔60〕夢のゆくえ

※『音楽人1988』からの20年後、藍・陽一郎・詩夫の子供たちが織りなす2008年を舞台にしたケータイ小説『音楽人2008』。
※『音楽人1988』と『音楽人2008』は、音楽と楽器の専門学校【学校法人ESP学園】を舞台とした物語です。
※映画化が決定しました!
 ・音楽人が佐野和真さん・桐谷美玲さんダブル主演で、映画化されることになりました!
 ・佐野和真×桐谷美玲×加藤慶祐×古原靖久×足立梨花=映画『音楽人』まとめ

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