〔57〕各務家のリビングで

ポメラニアンのレオが走りよってきた。

藍は革のバブーシュの先でちょっといじわるをしたが、すぐに抱き上げた。
「もう20年だって」

レオに話しかけ、20年前のことを思い出す。

デビューが決まってからは、短大の卒業準備とも並行して忙しかった。

おなかの子どもが安定期に入る秋頃からレコーディングは始まった。
横山は仕事熱心なのと同時に、藍の体のことも気遣ってくれた。

9月に詩夫のところの長男が生まれた。

その頃から彼も忙しくギターの注文を受けるようになった。
連絡が途絶えがちになった。

卒業式とほぼ同時に藍も男の子を産んだ。

蒼と名づけたのは陽一郎だった。

「青は藍より出でて藍よりも青し。
でも青じゃ芸がないな。
もっと遥かな感じがする男になってほしいしな。
蒼。
蒼にしよう」

そう、決めた。

出産してから野原藍はデビューした。

「Call my name」がデビュー曲だった。

ちょうど盲目の天才ギタリスト、山田あゆみをモデルにしたドラマが特別番組として放映され、そのテーマ曲になった。

曲はオリコンで瞬間30位には入り、20~30万枚くらいは売れた。

その後、アルバムも1枚出したが、それもそこそこ売れた。

しかし子育てでライブ・ツアーにはとても回れなかった。

その年の2月に始まったオーディション番組「イカ天」が人気をになり、バンドブームが起こってもいた。

横山は歯ぎしりして言った。

「藍気流が解散したのはもったいなかったっすね」

結局、藍はテレビの音楽番組にも1~2度出たきりで、一発屋に終わった。

それからは子育てに夢中だった。

手元で可愛がり過ぎないようにと、あえて学童クラブのようなところに入れてみたこともあった。

30代の頃、藍は少し雑誌の読者モデルとして表に出たことがあった。

が、すぐやめてしまった。
音楽をやっていた時代のライブのときめきはそこにはなかった。

今はほとんど専業主婦状態だ。

家族の世話はそこそこ楽しい。
やりたいこともあまりない。

そんなとき、息子の蒼が音楽をやりたいと言い出した。

複雑だった。
ESP学園に通いたいと言い出したときは、もっと複雑だった。

アーティストになれるのはほんの一握りだ。

自分のようにラッキーにデビューまでこぎつけたとしても、そこから先はまたもっと大変だ。
努力と運と周囲を巻き込む才能と。
どれが欠けても歌い続けることはできない。
「パパみたいに就職するのが安泰なのにねえ」

そう言われたレオはきょとんと膝の上から藍を見上げた。

陽一郎は変わらず藍を支え、結婚してからは家庭を支えていた。

編成部から営業部へと一度異動したが、また制作に戻った。

去年からは音楽制作部の部長だ。早い出世らしい。
「ぼくは痛い目にあってますから」

と、種田のような汚いことは一切せず、若手を可愛がっていて評判がいい。

時折、スタッフにアーティストたちも加わって、多摩川べりでバーベキューをしたりするのが藍も楽しみだった。

「蒼はどこまでがんばる気かねえ」

話しかけられたレオは藍の膝が暑くなったのか、ぴょんと飛び跳ねて行ってしまった。

この間から、どうもホンキになったようだ。

顔つきを見ていてわかる。

一人っ子だから、のほほんとしているとばかり思っていたのに。

藍は小さなため息をついた。



※映画『音楽人』挿入歌MAY'S『永遠』が、12月30日よりレコチョクに着うた(R)・着うたフル(R)が配信となり、 
http://recochoku.jp/mays
1月13日に発売され、オリコンデイリー3位、ウィークリー4位となった
MAY'Sの2ndアルバム『Amazing』に収録されています。

映画『音楽人』本編映像の佐野和真さんと桐谷美玲さんのダイジェストシーン45秒版を公開開始しました。



http://www.youtube.com/watch?v=_ywWEAqm5nM


※映画化を記念して、12月8日より再連載を開始しました。

※フォトブログ小説『音楽人1988』 目次
〔1〕藍気流、歌う
〔2〕見守ってくれる恋人
〔3〕二人の出会い
〔4〕いつもと違う記理子
〔5〕結果発表始まる
〔6〕意外な受賞
〔7〕これからのこと
〔8〕祝う人々
〔9〕黒い涙
〔10〕隠されていた分かれ道
〔11〕2匹のパンダ
〔12〕中野のカフェバーで
〔13〕プロの意味。オトナの意味。
〔14〕記理子の背中
〔15〕真っ赤なアルファ・ロメオ
〔16〕決意
〔17〕ミスター・ジョー
〔18〕息ができない!
〔19〕記理子の誘い
〔20〕嵐の夜
〔21〕ありえない夜
〔22〕5万円のテレフォンカード
〔23〕「異常のない」異常
〔24〕詩夫のアパート
〔25〕陽一郎の頼み
〔26〕盲目の美少女
〔27〕桜の花びら舞う下で
〔28〕藍色のギターを
〔29〕ハートのイヤリング
〔30〕古いセーター
〔31〕記理子の告白
〔32〕ハカラング
〔33〕二つの待ち合わせ
〔34〕詩夫のいる場所
〔35〕詩夫の婚約者
〔36〕追いかけてきたオーバーオール
〔37〕ウェディング・ドレス
〔38〕アーティストの条件
〔39〕同じ煙草
〔40〕たった一つの居場所
〔41〕伝えたい歌
〔42〕THEギョーカイの人々
〔43〕幸枝の願い
〔44〕恋に似た思い
〔45〕窓
〔46〕傘の向こうに
〔47〕「Call my name」
〔48〕スキャンダル
〔49〕詩夫の言葉
〔50〕最後のチャンス
〔51〕コンクリートの上で
〔52〕したことのないキス
〔53〕つないだ手と手
〔54〕取り戻せた友情
〔55〕Sing and Run
〔56〕降ってきたデビュー
〔57〕各務家のリビングで
〔58〕昔話
〔59〕再会
〔60〕夢のゆくえ

※『音楽人1988』からの20年後、藍・陽一郎・詩夫の子供たちが織りなす2008年を舞台にしたケータイ小説『音楽人2008』。
※『音楽人1988』と『音楽人2008』は、音楽と楽器の専門学校【学校法人ESP学園】を舞台とした物語です。
※映画化が決定しました!
 ・音楽人が佐野和真さん・桐谷美玲さんダブル主演で、映画化されることになりました!
 ・佐野和真×桐谷美玲×加藤慶祐×古原靖久×足立梨花=映画『音楽人』まとめ

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