〔54〕取り戻せた友情

陽一郎は人事異動で編成部に配属された。

それはけっして左遷ではなかった。
編成部は局の脳の中枢のような部署だ。
そこに配属されることは会社側が各務陽一郎を買っていることの表れのようにも見えた。つまり種田のスキャンダルと各務陽一郎との無関係を、会社側は理解している。
そういう意味に見えた。

しかし直接メリットのなくなったことに、プロダクションのワダエツは微妙に反応した。

「野原藍さんとの契約は少し様子を見たい」
そう言ってきたのだった。
予測できたこととはいえ、陽一郎はまた落ち込んだ。
が、しばらく学生に戻って最後のキャンパス・ライフを楽しんでいる藍は、表面上、変わらず明るかった。

藍は真面目に授業に出ていた。

反対に記理子は音楽雑誌のライターの仕事に夢中で、授業をさぼりがちだった。
「ごめん、藍。ノートまた頼める?」
「いいよ。でも、語学は出ないとまずいよ」
「だよねえ」

記理子はちょっと困った顔をしながらも、ライターの仕事を優先させていた。

授業の帰りにノートを手渡しするため、二人は表参道で落ち合った。

裏通りのケーキの美味しいカフェに入る。

藍はチーズケーキとコーヒーを頼み、記理子はガトー・ショコラとコーヒーを頼んだ。
「最近、チーズケーキに凝ってるんだ」

藍が笑顔でフォークを手にとると、記理子は不思議そうに言った。

「ふうん。チーズケーキ。
前はさ、その酸っぱさがダメとか言ってなかった?」
「そうだっけ」

食べ物の好みが知らず知らずに変わることもあるんだな、と藍は思った。

あの夜から、藍と陽一郎とは一歩も二歩も親しくなっている。

陽一郎は藍に合鍵を渡していた。
藍はわだかまっていたことも、今なら記理子に聞ける気がした。
陽一郎と自分の絆にようやく自信がもてたから。

それでも口ごもっていると、記理子が話題を引っ張った。

「陽一郎さん、大変だったね」
「うん。でももう1ヶ月経ったし。
本人も元気にしてるわよ。
いろいろ経験したほうがいいって、納得してるみたい。
それにまた音楽制作に戻るってこともいつかあるかもしれないし」
「ふうん」

記理子はもはやあまり関心がなさそうに相槌を打った。

藍は思いきってたずねた。
「ねえ、記理子は、陽一郎のこと、どう思ってるの」
「どうって?」
「いや、あの… 」

藍が言葉に詰まってフォークでチーズケーキを崩しはじめると、記理子は笑い始めた。

「うふふ」
「何がおかしいの」
「何もないわよ。
朝まで飲んで、あの赤い車で寝ちゃったけど、何もなかった」

ほーっと息をして、藍は顔じゅうの笑顔になった。

「そうなんだ」

記理子は真顔になった。

「ごめんね。私、藍にやきもち妬いてたんだ。
藍が全部もってっちゃう気がして。
今まで2人でやってきたこと、全部1人でもってっちゃう気がして。
私には何にもない気がして」
「記理子… 」

藍はそんな記理子の気持ちを少しわかっていた。

でも改めて言葉にされると、響いた。
「でもね、藍。
私、見つけたの。
今の仕事、すごく楽しいし、笠原編集長もほめてくれるし、スタッフともうまくやってる。私、ライターの仕事、向いてると思う。
見つけられてよかった。
ありがとう。藍のおかげだよ」

心の暗闇は黒い雲だった。

今、記理子の言葉でその雲がぱーっとちぎれて、晴れていった。

藍はうれしくてチーズケーキをほお張った。

「記理子、一緒に卒業しようね」
「うん。来週から語学は絶対に出るよ」

記理子もガトーショコラをほお張った。

その時、藍のポケベルが鳴った。

詩夫の番号だった。

「ちょっと待っててね」

公衆電話からかけると、詩夫のはずむような声が返ってきた。

「久しぶり。元気? 
陽一郎と… うまくいってるかな」
「連絡取り合ってるくせに」
「へへ。ばれてるか。
あのさ。ギターできたよ」
「えっ」

今度は藍がはずむような声をあげる番だった。

「行くよ、行く。うん。
明日の午後だね。
りょーかいっ」

今すぐにでも飛んでいきたい気分だった。

藍の音楽はたぶんもうそこにしかなかったから。



※映画『音楽人』挿入歌MAY'S『永遠』が、12月30日よりレコチョクに着うた(R)・着うたフル(R)が配信となり、 
http://recochoku.jp/mays
1月13日に発売され、オリコンデイリー3位、ウィークリー4位となった
MAY'Sの2ndアルバム『Amazing』に収録されています。

映画『音楽人』本編映像の佐野和真さんと桐谷美玲さんのダイジェストシーン45秒版を公開開始しました。



http://www.youtube.com/watch?v=_ywWEAqm5nM


※映画化を記念して、12月8日より再連載を開始しました。

※フォトブログ小説『音楽人1988』 目次
〔1〕藍気流、歌う
〔2〕見守ってくれる恋人
〔3〕二人の出会い
〔4〕いつもと違う記理子
〔5〕結果発表始まる
〔6〕意外な受賞
〔7〕これからのこと
〔8〕祝う人々
〔9〕黒い涙
〔10〕隠されていた分かれ道
〔11〕2匹のパンダ
〔12〕中野のカフェバーで
〔13〕プロの意味。オトナの意味。
〔14〕記理子の背中
〔15〕真っ赤なアルファ・ロメオ
〔16〕決意
〔17〕ミスター・ジョー
〔18〕息ができない!
〔19〕記理子の誘い
〔20〕嵐の夜
〔21〕ありえない夜
〔22〕5万円のテレフォンカード
〔23〕「異常のない」異常
〔24〕詩夫のアパート
〔25〕陽一郎の頼み
〔26〕盲目の美少女
〔27〕桜の花びら舞う下で
〔28〕藍色のギターを
〔29〕ハートのイヤリング
〔30〕古いセーター
〔31〕記理子の告白
〔32〕ハカラング
〔33〕二つの待ち合わせ
〔34〕詩夫のいる場所
〔35〕詩夫の婚約者
〔36〕追いかけてきたオーバーオール
〔37〕ウェディング・ドレス
〔38〕アーティストの条件
〔39〕同じ煙草
〔40〕たった一つの居場所
〔41〕伝えたい歌
〔42〕THEギョーカイの人々
〔43〕幸枝の願い
〔44〕恋に似た思い
〔45〕窓
〔46〕傘の向こうに
〔47〕「Call my name」
〔48〕スキャンダル
〔49〕詩夫の言葉
〔50〕最後のチャンス
〔51〕コンクリートの上で
〔52〕したことのないキス
〔53〕つないだ手と手
〔54〕取り戻せた友情
〔55〕Sing and Run
〔56〕降ってきたデビュー
〔57〕各務家のリビングで
〔58〕昔話
〔59〕再会
〔60〕夢のゆくえ

※『音楽人1988』からの20年後、藍・陽一郎・詩夫の子供たちが織りなす2008年を舞台にしたケータイ小説『音楽人2008』。
※『音楽人1988』と『音楽人2008』は、音楽と楽器の専門学校【学校法人ESP学園】を舞台とした物語です。
※映画化が決定しました!
 ・音楽人が佐野和真さん・桐谷美玲さんダブル主演で、映画化されることになりました!
 ・佐野和真×桐谷美玲×加藤慶祐×古原靖久×足立梨花=映画『音楽人』まとめ

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